・映画「the united states vs billiy holiday」(2021年)の感想

・映画「the united states vs billiy holiday」(2021年)


ザ・ユナイテッド・ステイツ vs. ビリー・ホリデイ - Wikipedia


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広告では「奇妙な果実」を歌いたいビリー・ホリデイと歌わせたくないFBIの確執を巡る対決、という風に宣伝しているのにほとんど内容はホリデイの伝記映画だった。というか、期待ほど「奇妙な果実」を歌わない。「ALL OF ME」を歌った回数の方が断トツで多い。「ALL~」の方がDVカップルの恋愛の歌詞が出てくるので現代はこちらのほうが問題視される気もする。ホリデイの人生はWikiに載っているのでそれがあらすじだと思ってくれて構わない。FBIはおとり捜査官としてジミー・フレッチャーという黒人をホリデイの元にファンとして近づけさせる。フレッチャーは麻薬に陥る黒人達を救うことが正義だと信じて仕事をするのだが、そのことにだんだん疑問視を持つ。成功した黒人を捕らえるのが黒人捜査官というのがまた切ない。ここまではいいのだが、フレッチャーはホリデイと恋愛関係になるし、捜査官なのに裁判の場で庇うような発言もするし、一緒に大麻もやる。お陰で飛ばされたりするが相変わらず捜査官のままのようだ。捕まらないのか?大丈夫なのか?と突っ込みたくなるものの、一緒に大麻を打つシーンがこの映画の一番の見所なんじゃないかと思う。首を吊る黒人の姿、売春宿で過ごしたホリデイの幼少期、そういった辛い現実から彼女が逃げるために打つ大麻・・・の螺旋を映像で見せられる。このシーンは迫力があるが、いまいちホリデイが黒人問題を背負って「奇妙な果実」を歌っているのだという説得力がこの映画の中では少ないのだ。wikiには父親の死を巡って黒人差別問題に刃向かう覚悟があったと見なすことができるだ、この映画ではその父親の話すら出てこない。最初からホリデイは成功しているし、ライブをすれば観客にはいつも白人もいる。映画のスタートから「奇妙な果実」はとっくにヒットして世間に馴染んでいるのにFBIが止めようとするのかもチンプンカンプンだ。ちなみに、この映画のホリデイ役を演じたアンドラ・デイの「奇妙な果実」は実際のホリデイよりかなりコブシがまわってて癖がある。表情が硬い素のホリデイの演技よりライブシーンのホリデイの方がずっと表情が多様だった。歌に込めた気持ちが感じられるので私は嫌いじゃないがモノマネではなかったのでそこは注意。アンドラ・デイという名前は現にビリー・ホリデイに因んで付けたものらしい。不思議な縁だ。
私以外は高齢の方が映画館に来ていた。それなのにびっくりしたのは、セックスシーンが意外とあったこと。アンドラ・デイはすらっとしていたから良かったけれど。フレッチャーとホリデイのセックスシーンはホリデイのこれまでの歴代ダメダメな彼氏とは違って愛があることを示すシーンとして表現は美しかった。だが、このタイトルで映画の内容を期待した人が見ると度肝を抜いたのではないかとも推測する。フレッチャー役の人が優しさと寂しさを持った瞳の演技が出来て、それがとても印象的である。
黒人をリンチすることが殺人として現在も罪に問われないとは知らなかった。映画の最初には黒人の死体を吊し上げた木のそばに佇む白人の写真が映し出された。衝撃的な写真である。あの木に佇んでいた白人達はあの後も普通に人生を全うしたのだろう。あの木に吊された黒人の魂は一体どこへ向かったのだろうか。
映画の後半はとにかくホリデイが麻薬から、ダメ男から、抜け出せない生活をしながらも歌は歌い続けるループに突入する。ホリデイがフレッチャーに「守ってもらう愛しか知らないの」と別れを告げるシーンは少し驚いた。ホリデイ自身がここまで自覚的だったとは思えないし脚本家によるものだと分かっているが、ホリデイという女性をここまで分かりやすくした台詞があるだろうか。「あんなFBIを怒らすような歌、歌わなくてもいいんじゃないの?」と記者に問われても、彼女は上手く返答できなかった。自身を差し出し、何かを得る、そういう生き方しかできなかったホリデイはやはり傑出した存在であったのは間違いない。だからこそ、悲しい歌を歌い上げる説得力が生まれたのかも知れない。ホリデイの魅力の秘密に迫ることができる映画だったと思う。